『泳ぐ』制作者対談
羊歯ヤモリ(脚本・監修)× 灰影厳風(音響監督・准監督)
2022年10月某日、某ビデオ通話アプリにて。
灰影 羊歯ヤモリ師匠、今回は我々の自主制作作品『泳ぐ』に関する対談ということで、よろしくお願いします。
羊歯 お願いしまーす。
灰影 本作についてなんですけど、〈圧倒的非現実感〉ですよね。初見でボーっと眺めていても、どんな話かよくわからない、メタファーだらけで難解な作品ですよね。
羊歯 そうですね。それは元から承知の上でやりました。
灰影 ということで、この対談の中で、我々作り手の方から多少解説みたいなこともしていけたらと!
羊歯 はい。
制作の経緯(羊歯ヤモリ)
灰影 最初に本作の経緯について触れておきたいんですけど、ヤモリ師匠の方で映像が完成している凍結状態の作品を、小生が音を入れたり演出を追加したりして解凍させてもらったと、ざっくりこんな流れです。……この話はどういったところから着想されたんですか? モチーフというか。
羊歯 最初に構想としてあったのは魚を焼いて食べるシーンなんですよね。
灰影 映画のシーンですね、作中の。
羊歯 はい。僕自身猫舌で、ちょうどいい焼き加減とかわか
らないんで、その辺が人と違うっていうので、クオリア的な
〈その人が感じるものとの隔たり〉っていうのがあって。同
じ単語ではあるんだけど、感覚的には異なるみたいな。そう
いう違いみたいなものを魚の焼き加減とかで考えてたのが最
初で。
灰影 ナルホド。
羊歯 でもそれは別に、特に映像とかっていうのは思ってなくて。その次に、【打ち上げられた魚2匹がお互いに鱗を舐め合う】っていう、そういうのあったらエモーショナルだなって思ってて。まあ要は、【打ち上げられて太陽に照り付けられる魚】っていう。これが一応『泳ぐ』に繋がるんですけど、シーン的には。
灰影 ええ。
羊歯 っていうのもあって。でも、それもまた、都合よく素材が無いっていうか撮れなくって……。
灰影 確かに難しいですね映像的には……。
羊歯 で、その次くらいに、オーロラを見に行く話を思いついて。ここで必要な役者が、少年だったんですよ。ただ、映研っておっさんしかいないから、絵面的に厳しいものがあったので、これなんとかできないかなと思ってて。じゃあ、おっさんはキツいけど、魚
だったら絵面的にマシにならないかなっていうので。
灰影 それで魚の構想とうまく結びついたというか…… !
羊歯 うん。で、まとめて、色々思いついたやつを無理やり
一つにしたっていうか。そういう話ですね、経緯としては。
灰影 そうだったんですね。撮影されたのは去年の3月でし
たっけ?
羊歯 まあ、そんくらいじゃないですか。
灰影 それでそこからしばらく凍結状態になってしまった訳ですけど…… 。
羊歯 映像自体はまあまあ撮れたんですけど、音を入れる段階でちょっと萎えてしまって……。そこで終わってたんですね、確か。
灰影 ちょうどその時期に音にこだわりを持つ人が、撮影の直後の4月から入ってきたんですけど、……小生が(笑)。ちょうど何か縁というか、感じますねェ↑。
羊歯 よかったですね。
制作の経緯(灰影厳風)
灰影 映研に入って「自主製作やりたい!」と意気込んでいたら、本作のことを小耳にはさみまして。そのことでヤモリ師匠とお話ししたときに「ジャンク品なので自由にやっていいですよ」と言っていただけて。
羊歯 うん。
灰影 本作の取り掛かりはちょうど去年の10月からだった気がするので、足掛け1年ですか。
羊歯 へー。
灰影 最初にヤモリ師匠の試作映像を拝見したときの率直な感想は、「静かな作品だな」と(笑)。もともと師匠の作風って哲学的な語りみたいなイメージで、静寂の中に意味が分かると怖い何かが潜んでいる、〈静かなるホラー〉って感じですよね。
羊歯 そうですね。映画を作る上であんまりよくないですけ
ど、エンタメを入れ忘れるっていうか……。ストーリーテリ
ングを優先しちゃうあまり、そのシーンの時々で面白いこと
を入れるのが苦手っていうのがあるんで、全体としては平坦
で静かな感じになっちゃってますね。
灰影 ご自身が納得いく形ではなかったんですね……。
羊歯 本来もっと、面白い映画の方が絶対いいんでね。
灰影 緩急も大事ですもんね。……そこで小生の方で、メリハリ的な意味で激しい何かを入れたいなと。音がほとんど入っていない状態だったので、音で何かそういうことができないかって考えたんですよ。それで現実世界というより精神の話なんだし、錯綜感を出すためにミュージカル風にして動と静のメリハリを出しても面白いな、と思った次第でした。最初は、魚もちょっと躍ったり、《映画泥棒》みたいなやつにしようと思ってたんですよ。
羊歯 ああ、はい。
灰影 方向性を色々考えあぐねていたところで、本作にも出演していただいたTKMN氏に「形式にこだわってたら最初は何も作れない、《ニコニコ動画》作るみたいなフットワークの軽さでいいんだよ。」とアドバイスいただいたんですよ。その言葉があったからこその本作といっても過言ではないですね。商業用ではない映研ならではの良さを発見したというか。それで、もっと今ある素材を生かして《MAD動画》みたいにしても面白いんじゃないかな、と。作品の筋としても、魚って基本アクション起こさないですしね。
羊歯 そうですね。
灰影 なので、魚が積極的に踊ったりするっていうと、精神世界の中の話だとしても主題とズレてしまうというか。そういう意味でも魚は何もせずに、ただ苦悩しているという。外面は静かなんですけど心の中では乱れていて。これまで周りから言われたことがグルグル頭の中で駆け巡ってる魚の心象風景みたいな。それで、所謂《音MAD》みたいなノリが生まれた
んです。
羊歯 なるほどね。なんで《音MAD》入れたのかな、って
気になったから聞けてよかったです。
灰影 ……なんですけど一方で、ヤモリ師匠の静かな世界観
も大事にしたかったんですよね。魚を連想する水音が静かに
鳴っている場面を作りたくて、会議室で無下に扱われる魚の
涙ということで雨の場面を加えさせてもらいました。
羊歯 うん。
灰影 ついでに言うと、あのあたりの雨音とパソコン作業音だけが響く場面は、仕事をしている形だけを取り繕って、会議室にいる意味が失われていたりという〈形骸化のモチーフ〉を強調し、【大丈夫ですか】のイメージ的な伏線を前段階で提示する狙いがあります。上辺だけ「大丈夫ですか」と心配しておいて中身が伴ってないという。まあ、もっと端的に言うと、いきなりあのよくわかんないノリの《音MAD》やられても意味不明だと思うので、「このあとなんかありそう」と身構えられるように大幅な間を作ったってとこですかね(笑)。
羊歯 へー。
灰影 でまあ、音楽なんですけど、小生が注文を付ける形で最初は映研《DTMer》の岩男巌くんにお願いしてました。なんですけど、「GON、おまいが作った方が早くないのか?」ということになって、途中から小生メインの作業になりましたね。音楽理論を勉強したり試行錯誤したりして、それで1年もかかっちゃいましたね…… 。
魚という存在
羊歯 ここまでイントロダクションですね。
灰影 はい、ここからは作品の解説的なことをしていけたらな、と。先程経緯をお話しいただきましたが、魚でなくてはならなかった、という決定打のようなものってあったりしたんでしょうか?
羊歯 えーっと、【人間が生きている地上において不自由な存在】だからです。でも、魚って水中で自由なのって、ヒレがあるからじゃないですか。でもこいつって身体は人間だから、水の中でも生きられないんですよ。
灰影 じゃあ陸でも水中でも、どこでも生きられないと……。
羊歯 そういう不自由さ的な部分で、主人公のビジュアルは
こうなりましたね。
灰影 ナルホド。魚が、目の前の現実を、状況が変わっても
全部ネガティブに捉えていて。でも、それも無いものねだり
だったことを自覚して、現実の範囲での生き方を決断したん
ですよね。
羊歯 そうですね。流される川ではなく、地上へ行くっていう。
灰影 他人任せの生き方みたいな、そんなイメージだったんですか、川っていうのは?
羊歯 そうですね、社会のような感じの場所で。ただ、そこは主人公にとっては寒かったんですよ。だから別に、川の中もちょうどいい世界ではないというか。一方で、一人地上を歩いて生きていく、っていうのでも結局暑かったんで、中々生きづらい、「どこ行っても同じだな」っていう難しさがありますね。
灰影 『泳ぐ』っていう題であるにも関わらず、最終的に地
上で生きることを選択したということはどういった意味が込
められているのでしょうか?
羊歯 結局そこ、水の中に入って頑張って泳いでいくってい
うのでも、別にいいんですけど、どっちかをとりあえず決断
するっていうか。一応魚っていう社会生物なんで、その川っ
ていう社会の中に帰属してただ流されるまま終わるっていう
のは、なんか映画の締め方として、当然すぎてよくないなっていうのはあったんで、最後は歩く終わり方にしようっていう。
灰影 〈泳ぐ〉っていうのがあくまで〈流される〉という受動的な姿勢に対置する積極性みたいな意味合いで。それで、言葉の妙というか【地に足をつけて泳ぐ】っていう逆説的なテーゼになってて、面白いなと思ったんですよ。実際にあの後も地上で苦しむだろうことはエンドロールにも示唆されてますが、心の上ではブレない生き方を選べた訳ですよね。それまでは暑い地上と寒い川の間で揺らぎがありましたが、たとえ生きづらくても、〈確固たる自分〉というのを悟ったというか。
羊歯 〈悟り〉っていうよりは、割と〈諦め〉にも近い部分もあるんですけど、まあ、そういうことです。
相棒の男について
灰影 続いて、魚の相棒の男について掘り下げていきたいと思います。どうでしょう、師匠の方から。
羊歯 その人は一応、友人ではあるんですよ、魚にとって。ただ、太陽であったり、冷たい水であったりのひとつでもあるので……、
灰影 水だったり……?
羊歯 なんだろう、寒い場所でもあったりするので。
灰影 暑いばっかりだと思ってました。
羊歯 魚にとって友人ではあるけど生きづらい世界のうちの
一つでもあって。だから、強いて云うなら、〈集合体〉とで
もいいますか。「魚を救いたい」っていう思いもあるけど、
社会は別に直接的に魚を苦しめようとして苦しめている訳で
はないんで。
灰影 そうですね、魚がそれを苦しみと受け取っているだけで。
羊歯 うん。〈魚眼〉っていう歪んだ視界を通して魚が勝手に苦しんでるだけなんで。なので別に、悪人でもないし、魚にとって善人でもないけど、割と普通の人ではある。
灰影 魚はこの男に救済を期待しつつも、苦しみの因子でもあるというか、その男もどっちつかずの存在で。作品全体が社会の曖昧さを体現したような(笑)。
羊歯 まあ、そうですね。
灰影 魚にとっての〈他者の表象〉っていうのもあるんですけど、小生が気になったのは【魚を助けようとするも、いつも不完全な救済にとどまる】みたいなところで。それって、自分では動かない人任せな魚に、それを気付かせたかったみたいな神的な視点なのかなって思ったんです。イメージ的にも太陽と神って近いので。魚自身による悟りを授けたくて、きっかけは与えるけど苦しみは残すっていう。
羊歯 …そういう意図はないと思います。
灰影 ないんですね、深読みし過ぎました(笑)。
羊歯 僕のプロットだと、太陽も、あくまで太陽っていう個
別の存在なので。
灰影 あ、別だったんですね!?
羊歯 僕のだと多分そこまで考えてないですね、アレは。
灰影 なんか、夜になると存在が消えるじゃないですか、つ
いさっきまで会議室にいたのに。夜に魚が一人になっている
というのが、まさに【太陽=その男】ってイメージなのかなって。
羊歯 なるほど。まあ、単純に僕にとって〈夜は一人の時間〉なんで。他者が消える時間なんで、単純にあそこはそういう意味で一人になっただけなんですけど。そういう捉え方でもいいと思います。
灰影 そうだったんですね。あと、その男についてなんですけど、現実にはニュートラルなスーツの男として存在している一方で、魚が勝手に「仲良くなりたいな」っていう理想の念を抱いていて、それが具現化したのが一緒にいる場面なのかなって思ったんですよ。ただ、夢想の限界で、その他大勢の社会っていう概念に仮託されてるっていうか。
羊歯 いや、普通に現実でもお友達なので。
灰影 イマジナリーなものなのかと思ってました。
羊歯 ……にしても、友達としてはむしろいい感じのヤツで。ただ、太陽に照りつけられながら歩いてるところでは、なんか「もっと早く歩けよ」みたいな。
灰影 そうですね。社会からの声っていうか。
羊歯 ……も飛ばすし、社会的な現実の部分でも椅子に座ってる魚に対して、「お前はいつも繰り返してるな」みたいな。
灰影 「まるで回遊魚だな」
羊歯 そう。……っていうのも言うけど、現実ではそんな変なヤツではないです。現実的な範囲でのお友達で。
灰影 そうなんですね。やっぱりこちらが深読みし過ぎたっていうか(笑)。
羊歯 そんな感じのとこはあります(笑)。
社交辞令とエゴ × 理想と現実
灰影 あと、モチーフとして、〈エゴ〉っていうのが出てくると思うんですけど、〈社交辞令〉っていうのも一種のオブラートに包んだエゴですよね。誰かを糧にしてのし上がろうとする心というか、そういうエゴが潜んだもので。そういう意味で、広く〈エゴ〉っていう大きな括りだと思うんですけど、それは魚が社会の醜さに晒される、みたいな感じでしょうか?
羊歯 〈エゴ〉っていうモチーフになったのは結果的な話だと思うんですけど。単純に〈本心からの言葉ではない〉っていう意味で、そこで魚はそれを「冷たいな」って感じてるので。要は結局、魚にとっての温度的な話でしかない。
灰影 あ、確かに。そうだったんですね。
羊歯 そうですね。構成としては単純に【魚が寒さを感じ
る】だけのシーンなんで。そこから、各々が何を感じるか
は自由にどうぞ、っていう。なので、そこからエゴを感じ
取ってもらったのは、それはそれでよい感想だと思います。
灰影 ア、アリガトゴザイます。じゃあ特に、そうい
ったことは意識されてなかったんですね(【大丈夫ですか】
の場面では)。では、【我先に】のあそこはどういったモチーフで……? 脚本だと、「ここカットかなー」みたいになってましたが……。
羊歯 そうですね。もともとは、入れる予定はなかったんですけど……。
灰影 こちらの方でミュージカル要因として入れちゃって(笑)。
羊歯 はい。あそこはまあ、コイが主人公ではない別の【社会を泳いでいる人々】のイメージで、〈オーロラ〉というメチャクチャ奇麗なものに目もくれずに餌を求めて泳いでいるっていう。で、「そういう場所は寒いな」っていう、魚にとって。なので、あれも単純に、【魚にとっての生きづらい場所】っていう意味だけど、ちょっとわかりづらかったので、僕はあんまり入れようとは思ってなかったです。
灰影 …でも、あそこって魚が理想を求める中でのターニン
グポイントだと思ったんですよ。それまでは仮の現実みたい
なところで男と一緒に映画とか観てたんですけど、あそこで
一気に現実離れした〈オーロラ〉っていうのが突然、何の脈
絡もなく登場しますよね。
羊歯 はい。
灰影 アレっていうのは、魚が完全に現実を捨てて、理想に
行った先の話だと思ったんですよ。〈理想の美〉みたいなも
のを求めていったんですけど、自分の空想の中とはいえ、そんなものは存在しない訳なんですよ、絵空事で。そこで、求めた美の概念に空虚さや更には自身の汚れさえ感じて、醜いイメージと〈エゴ〉が結び付いて。【美と醜が同居している】という、〈理想の限界〉といいますか、「夢想の世界に浸ってるんじゃなくて、現実に目を向けなさいね」っていうことだと小生は思ったんですけど(笑)。
羊歯 ……なるほど。
灰影 で、結果的にあの後、急に現実的な話になるんですよ。会議室に行って。
羊歯 そうですね。
灰影 だから、魚にとっての理想はあそこで一旦捨てられていて、そこの節目だと思ったんです、あの場面って。「理想求めるのやめた」っていう、そういうことじゃないんですか、アレって?
羊歯 この話は基本的に現実と精神的な世界を交互に挟んで、進んでいく話なので、別にどれがどういう括りとかは、特に考えてないです。
灰影 小生の解釈としては、そこからずっと現実の話なので、そこで理想には一区切りついたのかなっていう。現実の中の唯一の希望っていうのが〈社交辞令〉なんですけど、やっぱり瞳の奥に打算的なものを感じて苦しいというか。そういうところで改めて現実の
厳しさみたいなものを痛感して錯綜するのが、あの
《音MAD》のところで。それでボロボロに疲れ果てたところ
に現実の【太陽の男】が声をかけてきて。それまで〈自分〉
がなくて、理想と現実を行ったり来たりしてたんですけど、
そこで「自分って何だろう」って向き合うんですよね。
羊歯 そうですね。
灰影 ……とまあ、こんな風にヤモリ師匠の外の解釈が色々と入った訳ですけど、どう感じられましたか、そのあたり?
羊歯 【太陽の男】の追加シーンは全体的にメチャクチャいいなって思いますよ。
灰影 ありがとうございます!
羊歯 あの、僕が切った〈オーロラ〉のところとかもすごくいい感じで。
灰影 あそこ、師匠が描いたオーロラの絵のおかげで助かりました。
羊歯 まあ、「だいぶ違うな」って思ったのは、【太陽の退出】くらいで、他は概ねそこまで外れてる感じもなく、シンプルに、なんか豪華にバージョンアップしたなっていう。
灰影 感無量です!
10月某日、小雨振る秋の夜にて
羊歯ヤモリ
灰影 厳風